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卓球強化書3│一流の技を動画で学べ!!

小野誠治vs郭躍華 世界選手権1979平壌決勝

世界卓球1979平壌大会、男子シングルス決勝の小野誠治vs郭躍華です。旧サイトで短い動画は上げていましたが、今度はフルで。


小野誠治さんは、ご存知の通り日本が最後に輩出した世界チャンピオン。NHKの(?)解説者に「ちょっとひ弱ですねえ」なんていきなり言われてしまっていますが(笑)、世界選手権初出場で全くのノーマークだった小野さんが、神がかり的な絶好調で黄亮、魯ギョウ華、梁戈亮と3人の中国選手を連破して決勝進出。

対する郭躍華はこの前回大会でも決勝に進出し、2大会連続の決勝進出。さらにこの後の2大会で連続優勝、4大会連続で決勝に進出した名チャンピオンです。

さて試合は、まさに激戦というにふさわしいシーソーゲーム。小野さんのブロックショートがビタビタに止まりまくってますね。ロングサーブやブッツリ切ったツッツキレシーブで大きくフォアへ振り、返ってきたドライブを相手のバック側にビタッと止める・・・ペン殺しのセオリーではありますが、見事なまでに決まりまくっています。カミソリと称されたスマッシュも素晴らしい。

郭躍華も素早いフットワークと強烈なフォアドライブ、現代卓球の視点で見ると肩中心の無骨なフォームですが、やはり強いです。

加えて’69世界チャンピオンの伊藤繁雄さんの解説が恐ろしいほど的確に両選手のプレーを読んでいて、ちょっと驚き。さすが世界を制した人の目は違います。

最後は郭躍華の棄権で試合は終わるのですが、自ら握手を求めて試合を終わらせた潔さ、そして表彰台で郭躍華に手を貸し引き上げる小野さんと笑顔で応える郭躍華・・・美しいシーンですね。

WTTC 1979, Seiji Ono (JPN) vs. Guo Yuehua (CHN)

コメント

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  • コメント (6)

    • ttf2号
    • 2012年 6月 21日

    NHKは福島アナ。
    「3球攻撃」って耳障りですね。
    「3球目攻撃」って卓球用語くらい学習して来いよと言いたい。

    • ヘタレカウンター
    • 2012年 12月 23日

    ワンチャンスをものにした小野選手にバンザイ。
    足の負傷がなくても勝ったと思う。
    卓球技術は確かに現代卓球に劣るが当時では最先端のプレーですね。

    • 管理人
    • 2013年 1月 06日

    管理人様 以前まさにこの対戦の動画をリクエストしたペン裏ドラです。 しかもフルのものが見られるとは感無量です。 本当にありがとうございます。
    ペン裏ドラ

    2回目です。 今、全部見終わりました。 小野選手が当たりまくりで、ショートも素晴らしかったです。 一方、郭選手の最後は痛々しく・・・。 先日、ちょっと頭の薄くなった小野選手が自慢のカミソリスマッシュを亀田興毅選手に完璧によけられているのを見ましたが、この当時の若さだったら、当たっていたかも。 最後に、管理様がおっしゃるとおり、解説者の伊藤繁雄さんの解説にもビックリです。…
    ペン裏ドラ

    小野さんのショートには惚れぼれしますね。バックサービスも分かりにくそうです。
    バックハモンド

    1ゲーム目から力と技と気迫がぶつかり合った壮絶な試合ですね! これまで記事とダイジェスト動画でしか知らなかったのですが、フルで見てようやくその凄さを感じることができました。
    小野さんは強さと優しさ・謙虚さを兼ね備えた素晴らしい方ですね! 以前、小野さんがグランプリの監督をされていた頃、日本リーグのホームマッチを観に行ったことがあるのですが、その際には自らチケットのもぎり係などをしておられました。またある大会で、会場撤収の刻限が迫って役員・審判員も総出で片付けに追われていた時も、小野さんは「ごく自然に」手伝いに加わっておられました。
    緑水

    管理人さん、今までで一番良い動画!!!有難うございます。まさかこの動画をフルで観られるとは!私は名前通り?左のペンドラでありまして、これは高2の時でした。正確には高1の終わり頃(3月ですから)。当時は新聞くらいしかニュースソースがなくて朝、ドキドキしながら新聞を見てました。その前の日中交歓なんかで活躍していて、初の世界代表でも何かやってくれそうだ!と思ってはいましたが、それが優勝!レポート、ジャーナル(現在廃刊)を見て真似をしました。グリップ、フリーハンド、サーブ。フリーハンドは「乳絞り」みたいに、一指し指が一番曲がって、次に中指~薬指そして親、小指は角にたいに伸びているんです。サーブは小野さんが全日本で優勝した時よりフォームが大きいです。フォローが。今では任侠の人も着ないようなデカイ襟のステッチセブン、長持ち3倍ヤサカのソックス、皮のミズノのシューズ(ベロに小野!とネーム入りかも)ダーカーのラケット(卓球レポートに表紙裏にピンナップが付いていた頃、小野さんのサーブのバックスイングが写っていて、グリップのコルクが真っ黒で柄が長い感じがした!当時野武士と形容されていたが、マサに近衛十四郎扮する花山大吉の刀の柄のようでした)。もう終わりにします。本当に有難うございました。
    許ッシン

    まさかこの動画をフルで見れるなんて!感動です!感謝です!ほんとうにありがとうございます!涙が止まりませんでした。そして日本選手団の控えめな喜び方といいそれがまたいい感じです。そして伊藤繁雄さん、このとき34歳にしてすでにこの貫禄。解説もいいですねえ。
    Lee

    この試合のフル動画は初めて見ました。30年以上の年月が経った今でさえ感動ものです。小野選手の手を高く掲げながら、涙を拭う高島氏・・・にもジーンとしました。
    ロングサービス

    いやー、すべてのセットを見れるなんて感動!でも、昔は日本の選手も中国の選手も、握手をしっかりして清々しいです。オヤジの感想かも知れませんが、最近は握手で無くタッチですもんね。お互いをたたえる気持ちが感じられないんですよねー。乱文失礼しました。
    パスビー

    さっき発見しましたが19分34秒あたり映っているのは伊藤繁雄さん?これは録画を見ながらの解説??とするとすばらしい解説の感動もほんのちょっとだけ冷めたなあ。
    Lee

    ショート、スマッシュがすばらしいですね。 ラバーはなにを使用してたのでしょうか。
    Anonymous

    これはまたツボな動画を... 管理人さんありがとうございます。やっとフルで見られました。 当時は16cmルールが無かったのもあるでしょうがロングサービスがかなり効いてますね。 しかし、代名詞のスマッシュはやはり凄いですね。
    呂林

    小野選手、今と体型が全く異なりますね!もの凄い練習で鍛えた身体とは思えない程の細身です。しかし、ミドル級クラスの郭躍華との弾き合いでは負けていませんね!作戦的には大きくフォアに振ってバックを攻める。この時代でのペンホルダーは大きくフォアに振られた後のバックは大きな弱点ですね!この点において小野選手のほうが戦術が勝っていました。郭躍華が大好きなだけに、この試合は興奮しました。この動画で観る限りでは小野選手のほうが世界一にふさわしく、郭躍華は次とその次の世界卓球選手権の方がより完成された選手であったことは間違いないようです。!・・!世界チャンピオンの伊藤繁雄先生も「一世一代のあたり」と荻村先生と同じことを言っていますね!怪我を含め小野選手はこの時期がピークだったのかもしれません。最後に纏りのない支離滅裂な文で申し訳ございません。
    影虎

    平壌大会の決勝はインターネット利用開始以来、ず~っと検索を続けていましたが、こんなに画質がよくて完全な内容の映像が存在するとは。。。もう諦めていました。 本当に本当に大感謝です! しかし、素晴らしい試合内容ですね、現代でも通じるプレー内容と思います。どうしてこの後日本のペンドラの攻めが遅くなっていったのか不思議でなりません。
    通りすがりの中ペンユーザー

    管理人さん、いつも興味深い動画拝見させて頂きありがとうございます。
    いつもこんな動画どういう検索方法で見つけているのかと思いなが拝見させて頂いていますが、今日のはもう感激です!!
    動画のうp主さんが動画をあげる→それを管理人さんがここにあげてより多くの人達がこの素晴らしい動画をみれる。(さらにさらにこのサイトをリンクさせて、より多くの人達が見れるようにもなる。)
    まるで製造者から卸売り、卸売りから小売りという流通の仕組みのような美しい流れが出来上がってますね。素晴らしい。
    うp主さんにも管理人さんにも大感謝です。
    これからもお世話にならせて頂きます^^
    スピード17

    初めてコメさせていただきます。
    当時高校生だった私はクラブを中断して近くのデパートのテレビ売り場で部員全員でこの放送をみていました。
    1ゲーム目終盤の長いラリーと小野選手のバックショートを特に記憶しています。最後の日本人世界チャンプ小野選手。当時の卓球レポートでわかりにくいバックサービスの記事があったのを鮮明に覚えています。また、郭選手の下切り投げ上げサービスをまねして練習したことがなくかしく想いだされます。伊藤さんの解説も小気味よいですね。今は娘の大学でアドバイスしてくださっているとのこと・・・・感慨深いものがあります。
    とりとめもない話ですが、何故かここに記しておきたかったので書き込みさせていただきました。管理人様、いつも動画楽しみにしています。ありがとう。
    おたま

    これは、動画の域を超えて、日本のスポーツ界における歴史的な遺産ですもんね。 よくこんな動画をまた全日本の最中に、、、KENさん凄いです(笑)
    卓球の虫

    いつも視聴させていただいてますが、初めてのコメントです。
    実に「待ってました!」の動画でした。
    私が中学生の時、当時近畿大学で師弟関係にあった高島、小野、両選手が、地域で講習会を開いて下さり、模範試合を見せてくれました。両選手のプレーを間近に見て、度肝を抜かれ、感動しまくり、その後、卓球にのめりこんでいくきっかけになりました。
    その数年後、NHKでこの平壌大会決勝を観て、あの小野選手が!と、胸がいっぱいになった記憶が鮮明に蘇りました。
    貴重な動画を本当にありがとうございました。
    卓球・勉強・卓球

    13:10からの長いラリーについて『心に残るスポーツシーン』として素晴らしい考察をされている方がどこかにいますよね。 小野選手の強さが際立った試合でしたがこの頃のスポーツマンシップとかには学ばせられることが多いと思います。
    hondy

    2011年のボルvs張継科と比べると、いかにこの試合が素晴らしいものかわかりますね。
    この時は、二人とも「称えあう」とゆう感じですが2011年ではどちらも後味が悪い試合となってしまいましたね。
    願わくば今の選手にもこの姿勢を見習ってほしい物です。
    ※私の身勝手な偏見と期待を込めて言えば、T国の選手には特に見習ってほしいです。
    身勝手な発言&長文すみませんでした。
    Anonymous

    初めまして!近畿大学の卓球部OBのものです。高島規郎さんの1年後輩で高島さんの指導を受けさせていただいたカットマンでした。一応全日本にも何度か出場しましたが最高3回戦どまり程度のレベルでした。このサイトは昨年秋頃から毎晩の楽しみで仕事の合間や晩酌をしながら拝見してます!小野選手とは2度程試合をしたことがありますが、真面目で高島さんのアドバイスを忠実に実行して行くストイックな青年だった事を思い出します!
    世界チャンピオンになった時はもちろん驚喜しましたが高島さんの男泣きに思わずもらい泣きしました。
    ところであまりに刺激を受けたので卓球を再開する事を決意しました。このサイトのお陰でイメージトレーニングは完璧です!!あとは体力を付ける事ですがどうなることやら・・・
    これからも懐かしい動画を期待してます。
    目の前で応援した長谷川さんと高島さんの試合を観たいと思ってます。
    これからも頑張って下さい!!!
    私は「太陽戦隊サンバルカン」で初代バルイーグルを演じていたものです。
    大鷲龍介

    管理人様、そしてこの動画をYouTubeにアップしていただいたkuakio89様、貴重な動画を大変ありがとうございました。
    私はこの大会から10年ほどたったころにたまたまこのビデオを入手し、暗記するほど何度も見た記憶があるのでとてもなつかしいです。NHKの福島アナウンサーや伊藤繁雄さんの解説のセリフまでよく覚えています。
    小野選手の、まさに全身全霊、無心でひたむきなプレー、そして、この試合は絶好調の小野選手の前に郭選手が一方的に負けたと誤解されている方もあるかもしれませんが、第3セット中盤あたりの郭選手の追い上げ、そして不慮のケガにもかかわらずプライドをかけて戦い続け、文字どおり立ち上がれなくなるまで死力を尽くした郭選手にも感動させられます。
    2万3千人の大観衆が、試合開始あたりは郭選手への応援ばかりだったのが、小野選手のプレーぶりに徐々にひかれて、中盤以降は小野選手への声援に変わっていったのも印象的です。
    ほかの方もコメントされておられましたが、これは動画の域を超えて、輝かしい日本卓球史を語る上で欠かせない1ページだと思います。
    creas-s

    得点ボードが JPN ではなく JAP ジャップなんですね・・・
    掛布

    素晴らしい映像で、49分が全く苦になりませんでした。 感動をありがとう! それと、No.20さん、卓球部からバルイーグルですか? すごい転身ですね?! 子供のころ、サンバルカンが大好きで、パンドラ女王が怖かったけど、いつも観てました。 こちらも感動をありがとう!
    あすぱら

    前のコメントシステムにデータが残っていたので・・・移植をば。(管理人)

      • アップダウンドライブ
      • 2017年 10月 06日

      38ミリボールなら違ったかもね。

    • hondy
    • 2013年 7月 11日

    1983年の決勝も最近上がってたのでよろしければ・・・。

    • 玄米茶
    • 2013年 7月 11日

    すばらしい試合ですね。技術的・戦術的なことはもちろんですが、この真剣でありながらとげとげしくない雰囲気がとても心地よいものだと感じます。

    この試合のあとの郭躍華の回想が掲載されたサイトがありましたので転載しますね。

    「その日は私はシングルス、ダブルス、混合ダブルスで33セットに出ているのに対して、小野誠治選手は3試合しかやっていないから体力的に彼が有利なことや団体戦での敗北がまだ尾を引いているし、シングルスでこそ金メダルを獲らないと面子がたたないというプレッシャーが掛かっているのに対して、小野選手は3人の中国選手を破って決勝進出で調子の波に乗っているなど、体力的にも精神的にも不利な要素を全然計算に入れてなかったのだ。

     試合は、1セット目は20オールの後ミスが出て、セットを失った。そうなると、私は異常なほどに硬くなり、受身に立たされ、続いて2セット目も獲られて、0対2でリードされていた。3セット目も17対18でリードされていて、その時、初めての肉離れを起こし、朝鮮のドクターに治療をして貰ってから試合を続けて21対18でやっと3セット目を獲った瞬間、2回目の肉離れが始まった。5分間の休憩後、4セット目に入ったが早々に2回も肉離れを起こし、床に倒れてしまった。私は涙をのんで決勝戦を途中で棄権し、負けを認めなければならなかった。」
    「まだピョンヤンを離れないうちから、国内のファンから匿名の手紙が殺到した。「国と人民から最も期待されているのに、あなたは不名誉にも敵前逃亡の役目を演じたね」と私を厳しく非難し、「ピョンヤンから走って帰るがいい」という手紙さえあったくらいだ。

     肉離れした股は繃帯できつく巻きつけられて、ちょっとでも動くと刺すような痛みが走る。しかし、動けなくても、私は心の中で泣いている。”無念”、”悔恨”、”屈辱”の思いで私は取り乱し、周囲の空間もぐっと狭くなったように感じた。

     ある記者が駆けつけて来て、中国チームに対する好意から、「あなたのレシーブは保守的過ぎた」とアドバイスしてくれたが、私は「人間誰でも平等だ。相手が私のサーブを上手く返せない時があるなら、私が相手のサーブを上手く返せない時もあるのは当たり前だ、どうして非難を浴びなければならないのか」と口答えをしてしまった。このことについて後で済まない気持ちで一杯になった。」

    http://www.ab.cyberhome.ne.jp/~fujiken/Gou_Yuehua/The_biography_of_Gou_Yuehua06-07.htm

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